2012年5月15日火曜日

10/15 Hall C(10F)


座長 :朝田 隆 (筑波大学臨床医学系精神医学)

シンポジウムI-1

認知症の行動・心理症状(BPSD)とその周辺
−レビー小体型認知症を中心として−

小阪憲司

(ほうゆう病院)
認知症患者への対応でもっとも重要なのはBPSDである.それは介護者にとってもっとも厄介な症状であるからである.
BPSDは,認知症が中心症状として位置づけられるのに対して,周辺症状と呼ばれているが,医療のなかでも介護のなかでももっともその対処に苦慮することは周知の通りである.
最近わが国でこのBPSDについて真正面から取り組んでいるグループがある.それはNPO法人「地域認知症サポートブリッジ」であり,そこでは「BPSD研究会」を組織して主として認知症の在宅医療を行っている精神科医・神経内科医・老年科医や看護師・福祉職員などが活発に活動している.今回のシンポジウムではその中心である木之下先生のほか,それに関連するメンバーがシンポジストを務めることになった.なお,このグループを中心に,今年度は厚生労働省老人保健事業推進費等補助金交付事業の研究費をいただいて研究を開始している.
さて,BPSDへの対応はもちろん非薬物療法が基本である.患者の生活歴・性格・環境はもちろん,その病気の性状や身体状況などをよく検討することにより,なぜそのようなBPSDが出現したかを多角的に検討し,それに基づいた対応をすることによって良くなることも少なくない.非薬物療法は必ずしも医療でなくても可能な対処法であるが,もちろん医療のうえでもそれは大切である.
医療に求められるのは,やはり正しい診断に基づいた対応であり,さらに適切な薬物療法である.
ここではまず,BPSDの医療上の問題点を簡単に概説した後,BPSDがもっとも問題となる認知症の一つであるレビー小体型認知症DLBについて簡単に紹介し,特にDLBによくみられるBPSDについて述べ,特にその薬物療法に焦点を当ててお話することにする.

シンポジウムI-2

抗精神病薬の代替治療としての漢方治療

水上勝義

筑波大学大学院人間総合科学研究科精神病態医学
認知症では,認知機能障害の他にも様々な精神症状や行動異常を認め,Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia(BPSD)と総称される.BPSDの症状は,幻覚,妄想,興奮,抑うつ,睡眠覚醒障害をはじめとする精神症状,攻撃的な言動,不適切行動をはじめとする行動面の障害,更には易怒性,脱抑制などの人格面の障害など多岐にわたる.認知症高齢者のおよそ80%に何らかのBPSDが認められ,患者のADLの低下や介護者の疲弊を生じ,しばしば施設入所の契機となる.
BPSDへの対応としては,非薬物療法的対応と薬物療法が行われる.認知症高齢者の場合,安全性への配慮から,まずは非薬物療法的な対応が行われるが,薬物療法が必要な場合も少なくない.従来BPSDの薬物療法には,抗精神病薬が用いられることが多かった.しかし認知症高齢者に対しては,抗コリン作用による認知機能の低下やせん妄の誘発をはじめ,過鎮静,ふらつき,転倒,循環系への影響などの副作用が問題であった.また2005米国FDAは,非定型抗精神病薬の使用によって認知高齢者の死亡率が増加するとの警告を発した.定型抗精神病薬は非定型に増して死亡率が高いとも報告されている.
このような状況下で,BPSDに対してより安全な薬物療法の開発は重要な課題となってきた.抗精神病薬に代わる薬物療法として,抗不安薬,抗てんかん薬などの候補薬剤が考えられるが,漢方薬による治療も抗精神病薬の代替治療の一つの選択肢としてあげられる.
これまでBPSDに対して釣藤散,黄連解毒湯,当帰芍薬散など幾つかの漢方薬の効果が報告されてきた.最近では抑肝散が注目されている.抑肝散は蒼朮,茯苓,川芎,当帰,柴胡,甘草,釣藤鈎からなる薬剤で,元来小児の癇症,夜泣きなどに対する薬剤であったが,1984年原敬二郎の報告以来,高齢者の精神症状に対する効果が報告されるようになった.
今回はBPSDに対する抑肝散の有効性を検証するため,関東地区20施設による多施設共同研究が施行されたので,その結果を紹介する.
対象は,アルツハイマー型認知症(AD),混合型認知症(MD)もしくはレビー小体型認知症(DLB)と診断され,Neuropsychiatric Inventory (NPI)の10項目のうちスコア6以上の項目が1項目以上ある患者106名(AD78名,MD13名,DLB15名)(外来59名,平均年齢80.6±3.9歳,MMSE16.1±6.0;入院47名,平均年齢78.5±6.7歳,MMSE9.6±6.8)である.
抑肝散(TJ-54,7.5g/日)投与期間及び非投与期間を各4週間としたクロスオーバー法を用い,最初の4週間服用し後半の4週間服用しない者をA群,前半4週間服用せず後半4週間服用する者をB群として無作為に割り付け,BPSDの評価にはNPIを,認知機能に関しては MMSEを,ADLに関しては外来患者ではBarthel Indexを,入院患者ではIADL尺度を用いて評価した.安全性については,研究期間中の有害事象調査に加え,開始前,4週後,8週後に血清カリウム値の測定を実施した.
106例のうち脱落3例を除く103例について解析を行った結果,A群,B群ともに抑肝散の服用期間にNPIスコアの有意な改善を認めた.また診断別に検討するとAD + MD群ではA群,B群とも抑肝散服用によりNPIスコアの有意な改善を認めた.各症状をみると妄想,幻覚,興奮,易刺激性,うつ,不安などに抑肝散の効果が認められた.また,A群の検討から,抑肝散投与終了後4週間の時点までBPSDの悪化を認めなかった.また認知機能やADLについては,抑肝散服用による明らかな変化を認めなかった.
消化器症状や低カリウム血症などの副作用を7例に認めたが,いずれも減量あるいは中止によりすみやかに回復もしくは軽快した.
今回の検討結果は,従来報告されてきた抑肝散のBPSDに対する有用性を支持するものであった.BPSDのなかには,抗精神病薬を必要とする激しい症状もみられるが,安全性の観点から代替薬として漢方薬を活用することも有用と考える.

シンポジウムI-3

在宅医療におけるBPSDへのかかわりと課題

木之下徹

こだまクリニック
当クリニックは2002年3月に品川区荏原に開院した,訪問診療を行うクリニックである.対象者のほとんどが,近隣の在宅介護支援センター,介護事業所,ケアマネよりご紹介いただくBPSDを有する認知症高齢者の方々である.さて,community - basedな疫学データから推察するに,認知症のおそらく8割以上の方々にBPSDが出現しているだろうと予測される.すなわち認知症が現在約200万人いるとされるので,地域において,BPSDはいわゆる「ありふれた病態」である.BPSDの出現によって生じる様々な現象(例えば,早期の施設入所,医療費の増大,患者と家族のQOL低下など)についてのエビデンスは徐々に積み上がりつつあるが,問題解決に役立つ分類や系統的解釈のための記述的整理は,まだ十分とは言いがたい.またBPSDに対する医療もその需要に追いつかず未整備な状態である.その一方で,入院,外来といった従来型のインフラに対して,第三のモダリティとして在宅医療が近年の保険制度改革をきっかけに台頭してきた.認知症やBPSDへの医療介入に対しては,そもそも「生活� �しづらいからその解決を医療に期待する」という背景がある.したがって,BPSDの解決や改善の前提には,疾患情報のみならず生活情報の評価も必要となる.そういった意味でも,在宅医療は万能ではないにせよ,地域のBPSDに対して強力なフレームワークを与え得ると考える.本報告ではBPSDに対する在宅医療のあり方について以下の三項目について考察したい.

I.在宅医療のメリット,デメリット
・薬剤に関するモニタリング
「事例:80歳代の女性.AD患者.特に身体疾患は認められず,これまで90歳代の夫により介護されてきた.しかし不穏,興奮,徘徊,感情失禁,睡眠障害が出現し,やむなく認知症専門施設に入所したが,BPSDが激しく対応しきれず8日で退所させられた.その後当院の在宅訪問診療をうけ,少量の抗精神病薬の服薬によりBPSDの改善をみた.老老介護のためケアスタッフのチーム連携で薬剤モニタリングの構築に成功した事例である.」 在宅医療の特徴の一つに薬剤モニタリングの構築があげられる.この事例に対する医療介入そのものは,入院した場合なんら特筆すべき内容ではない.しかし在宅医療では,BPSD関連薬剤で出現しがちな抗コリン作用,錐体外路症状,筋肉弛緩作用などについて,主たる介護者にしっかりと説明し的確に対応できるよう指導することが必要になってくる.なぜなら日々の服薬管理や副作用出現のチェックなどは,認知症の本人には全く望めないことだからである.この事例のように老老介護の場合,BPSDの対応に疲弊しきっている高齢の配偶者に薬剤モニタリングを依頼することは非常に難しい.したがって主たる介護者を含むケアスタッフのチーム連携で,薬剤モニタリングの構築を試みることが必要になる.

・医療情報の一元管理
在宅医療の枠組みでは,一人の医師がその人のすべての疾患について,プライマリーなレベルで網羅的に対応する.そのためこれまで関わってきた複数の医療機関からの情報を,一元的にまとめることができるというメリットがある.またこの過程でpolypharmacyの問題も発見でき,投薬内容を整理する機会が与えられる.

・薬剤のオフラベル問題
BPSDに適応をとった薬剤は国内にはない.そのため公然と議論し,知見を集積していく場がない.このことは,たとえば製薬企業が認知症の啓発活動に参入することを阻んでおり,適切なBPSD医療が普及しない大きな要因の一つになっていると考えられる.

・検査データが不十分
BPSDを伴う認知症の方は外来受診に対して拒否的であることが多い.したがって在宅診療では,脳機能画像や形態画像を得ることができず,症候学的所見に頼らざるを得ないというデメリットがある.我々も検査データが不十分なため,恥ずかしながら脳内出血や梗塞を見落とした経験もある.

・在宅での薬剤調整
病棟でBPSDをうまくコントロールしても,在宅に帰されると同じ薬剤量では過量な場合がある.在宅医療においては,家族の生活という観点が重視されるため,薬剤調整のメルクマールに介護者の生活や考え方が反映し,より生活の場を意識した薬剤調整が必要となる.


催眠療法による体重減少

II.地域に意外に多いBPSDの増悪
「事例:PDD(Parkinson's disease with dementia)である.チアプリド50mg,アマンタジン100mg,プラミペキソール1mg,L-dopa製剤400mgなどが処方されていたが,幻視,嫉妬妄想,うつ,人物誤認を認め,外来にすら連れて行けなくなり当院の訪問診療となった.まず悪性症候群などの出現を避けるためにアメリカのガイドライン(Neurology, Jun 2001; 56: 1 - 88) にしたがって,主たる介護者(長男)と毎日連絡を取りながら在宅で薬剤調整および薬剤モニタリングを試みた.また適用外使用であるが,注意力障害にドネペジル,うつに対して少量のクエチアピンが有効であることが知られているため,抗パーキンソン薬減量後にこれらの薬剤を追加投与したところ,著しい精神症状の改善をみた.」
薬剤によってBPSDが悪化してしまった事例である.地域では意外と多く見受けられる.抗パーキンソン薬がBPSDの増悪に関与する例は多い.薬の減量は本人の状態をしっかりと観察し,介護者と密に連絡を取り合いながら行う.また診療時には緊張感が増し注意力障害が改善すると,ときに精神症状が見過ごされることがある.また妄想の内容によっては本人のプライドに関わるような内容もあり,本人と介護者をバラして問診したほうがよい場合があることを経験した.

III.BPSDの対応と地域連携
地域でのBPSDへの対応は,医療のみでは難しい.当然,家族やケアスタッフの助けが必要となる.一人の高齢者を取り巻く種々の職種の連携なくしては,地域でのBPSDへの対応は不可能である.一方連携の大切さはわかっていても一般的にケアスタッフにとって,医療機関は敷居が高く疎遠になりがちである.いかにしてその敷居を取り外すか,我々はこれまで様々な試みを行ってきた.まず医師や看護師の方からケアスタッフに頻繁に電話連絡をした.そして出会う機会を作るために連絡会を開き交流を深めていった.そうすることで多職種間での共通理解が可能となり,連携関係がスムーズになった.BPSDの対応にはまだまだ法的に未整備な部分が多く,多職種の人々が互いの職域を十分に理解しあいながら取り組むことが不可欠である .それができてはじめて,在宅における薬のモニタリングや責任所在についての課題に取り組めるようになる.

シンポジウムI-4

BPSD治療の実際
― 処方箋にサインをする前に ―

田北昌史

今津赤十字病院
はじめに
BPSDは認知症患者の介護を行う場合に大きな問題となり,それを上手くコントロールしていくことは認知症の治療にとって重要である.
BPSDの治療は抗精神病薬を中心とする薬物療法が主体となる.しかしその場合ほとんどの患者が高齢になって「人生で初めて」抗精神病薬を投与されるケースで,予期せぬ副作用が生じるリスクを常に念頭に置くべきである.もし薬物治療を行わずに済めば,それに越したことはないのである.そして臨床場面ではBPSDと思われる症状の背景に種々の要因が隠れていて,薬物療法が必ずしも治療の第一選択にならない場合に時に遭遇する.「まず薬物療法」の前にその症状が本当に薬物療法が必要なBPSDであるかを検討する必要があると思われる.

BPSDのような症状が出現した場合
我々がしばしば臨床場面で経験するのは急激にBPSDのような症状が出現する例である.
この『急に』に出現する場合は大いに注意が必要である.以下に過去に筆者が経験した興味深い3症例を提示する.

症例1 87歳 女性
夫死亡後は長女と年金生活であった.
X-5年(82歳)頃より軽度の物忘れが出現していたが,日常生活に大きな支障はなかった.
X年 Y月17日より咳などの上気道炎症状,20日より38℃台の発熱が出現.22日より不眠や『人が来ている.』との幻視,壁の模様が動物に見えるなどの症状が出現し,24日今津赤十字病院精神科に入院となった.入院時の(旧)長谷川式スケールは14.5点であった.
入院後37℃台の発熱や咳等の呼吸器感染症症状があり,『ここは大分で老人クラブから来ました.』のようなつじつまの合わない言動があった.抗精神病薬などは使用せずに,抗生剤の投与や輸液などで全身状態の改善を計りながら経過を観察した.発熱などの身体症状が改善するとともにつじつまの合わない言動などは消失.見当識も改善し,Y+1月4日退院となった.退院時の(旧)長谷川式スケールは19.5点であった.

症例2 85歳 女性
高等小学校卒後結婚,主婦として生活していた.活発な高齢者で,73歳時に心筋梗塞で治療を受けたが,その後も単独で病院に通院し,短歌の会などにも参加していた.
X年Y 月(85歳時)より軽度の物忘れを訴えたが,日常生活に支障はなかった.
Y+1月22日,乗り慣れたバスを乗り越してしまい,炎天下を30分歩いて帰って来たことがあった.その頃より『自分の気持ちが遠くに行く.』などの訴えが出現し,また入浴後に自室がどこにあるか分からなくなって,戻れなくなったりした.Y+2月になり,不眠や『虫が来る.』と言って周囲を触れて回るなどの行動が出現,このためY+2月17日今津赤十字病院精神科入院となった.入院時MMSEは2点であった.
入院後急速にADLは低下,寝たきり状態となり,Y+2月末には四肢にミオクローヌスが出現.Y+3月になり脳波にて周期性同期性放電(PSD)を認め,臨床的にクロイツフェルド・ヤコブ病と診断した.
その後完全に無言無動,四肢屈曲状態となった.呼吸器感染症を合併し,入院後約1年3ヶ月で死亡した.

症例3 83歳 女性
59歳まで病院職員として勤務,以後年金生活であった.近年は糖尿病などで通院治療を受けていた.
X年(83歳時)両手の震えが出現.このためY月Z日かかりつけ医でそのことを訴えて,いつもの薬剤に別の薬剤が追加になった.Z+2日より『虫がいる.』,『外国人が5,6人来て物を盗む.』と幻視,被害妄想が出現した.認知症を疑われZ+6日今津赤十字病院精神科を初診となった.
初診時明瞭な幻視を認め,『虫が出てくるのです.』と訴えた.見当識障害や記憶の障害などの認知症を疑わせる認知機能低下は認めなかった.服用中の薬剤を調べるとB日より抗パーキンソン剤(アマンタジン) 100mgが追加処方されていた.薬剤性の精神症状を疑い,アマンタジン服用を中止すると,約2週間後には幻覚,被害妄想などの精神症状は消失した.

考察
これらの症例のようにBPSDと思われる症状の出現の背景に呼吸器感染症,尿路感染症などの感染症や心不全などの身体疾患,特異な器質性疾患やさらには不適切な薬物投与(抗うつ薬,抗不安薬,抗パーキンソン薬等)がある場合がある.
このような場合,BPSDのような症状は急性から亜急性に出現することが多い.
『急に』BPSDのような症状が出現した場合は処方箋に抗精神病薬を書き,サインをする前にもう一度そのBPSDのような症状発現の背景を考えてみることが必要である.もし安易に薬物療法を行えば,さらに状態は複雑化し,解決が困難になると思われる.

参考文献
1)田北昌史:BPSDの薬物療法・その戦略的アプローチ;老年精神医学雑誌,16(増刊号):99‐104(2005).


リンパ節の腫れとpusistent咳
前田 潔(神戸大学大学院医学系研究科精神神経科学)

シンポジウムII-1

The Clinical Characteristics of Depressive and Anxiety disorders in Korean Elderly

Kang Seob Oh

Department of Psychiatry, Kangbuk Samsung Hospital, Sungkyunkwan University, Korea
 In Korea, there are a few studies on depressive and anxiety disorders in elderly population. The prevalence rates of depressive and anxiety disorders in elderly are low as the rate from Western studies results. Especially, the studies on anxiety disorders in elderly are rare. In this presentation, the author will review about 1) prevalence of depressive and anxiety disorders in Korean elderly, 2) the clinical characteristics of Korean depressive and anxiety disorders patients including symptoms profile, co-morbidity, suicidality, etc. 3) treatment issues on Korean elderly depressive and anxiety disorders including treatment seeking behaviors, treatment patterns, treatment results etc. The author will also review the articles from Korean epidemiology in some areas and some clinical studies. The author will also suggest the treatment guideline for elderly depressive and anxiety disorders.

シンポジウムII-2

老年期発症の気分障害:成因と薬物療法の留意点
― 老年期気分障害に対する薬物療法の実際 ―

白川 治

近畿大学医学部精神神経科学教室
気分障害における薬物療法では,うつ病エピソード,躁病エピソード,病相予防・寛解維持における投与法が基本となるが,高齢者では,肝・腎機能をはじめとする身体機能の低下による薬物代謝・排泄能力の低下に加え,老年期発症の気分障害という観点からすれば多少とも脳の器質性変化(特に,虚血性変化)を合併していることを前提に薬物選択を慎重に行う必要がある.ここでは,うつ病エピソードおよび躁病エピソードに対する薬物療法の実際について述べる.
1.うつ病エピソードに対する薬物療法
うつ病エピソードは,単極性うつ病と双極性うつ病に大別される.
1)単極性うつ病エピソード
近年,我が国でも,種々の神経伝達物質受容体に親和性を殆ど示さず,抗コリン作用や心毒性を欠き,抗うつ効果と直接関連するとされるセロトニンまたはノルアドレナリン(ないしは両者)の再取り込み阻害作用のみを示す抗うつ薬として選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitors,SSRI)であるフルボキサミン(ルボックス・デプロメール)パロキセチン(パキシル),セルトラリン(ジェイゾロフト),選択的ノルアドレナリン・セロトニン再取り込み阻害薬(serotonin/noradrenaline reuptake inhibitors,SNRI)であるミルナシプラン(トレドミン)と,次々に導入されつつあり,より安全性の高い抗うつ薬としてうつ病薬物療法の主役となっている.
抗うつ薬の主要な薬理作用はモノアミン(特にセロトニンとノルアドレナリン)の再取り込み阻害にあるが,薬物によってその阻害能の選択性は大きく異なる.図1に,現在投与可能な抗うつ薬について,セロトニンならびにノルアドレナリン神経伝達に対する効果と鎮静作用を指標にした位置づけを示す.また,上島国利によるうつにおける症状からみた抗うつ薬の選択指針(1993)を原図にSSRI,SNRIを加えて高齢者向けに改変して表1に示す.
SSRIによる副作用としては,消化器症状(悪心・嘔吐・下痢など),性機能障害,離脱症状,睡眠障害,activation syndrome,低ナトリウム血症(抗利尿ホルモン不適合症候群,SIADH,特に高齢女性) 等に留意する.さらに,SSRIは酸化的薬物代謝酵素であるチトクロムP450 の阻害作用を有することから,各SSRIによる薬物相互作用の差違を知り,併用薬物の血中濃度上昇の可能性に注意を払う必要がある.
我が国で唯一投与可能なSNRIであるミルナシプランは,SSRIと異なりチトクロムP450を阻害しないため,薬物相互作用をきたしにくく,併用薬物への影響が少ないが,基本的に腎排泄性の薬物であることに留意する.消化器症状も比較的少なく,全般的な副作用の頻度はSSRIよりさらに低いが,ミルナシプランに特異的な副作用として

図1.抗うつ薬の位置づけ

表1.高齢者に対する症状学的観点からみた薬物選択(上島国利:抗うつ薬の知識と使い方 p57,ライフ・サイエンス,1993を元に著者改変)

は排尿困難,さらに発疹,頭痛,悪心・嘔気,動悸等が報告されている.
SSRIやSNRI以外の抗うつ薬として高齢者に比較的安全に用いることができる薬物としては,ミアンセリン,セチプチリン,トラゾドンをあげることができる.いずれも抗コリン作用が弱く,抗ヒスタミン作用による鎮静,セロトニン2受容体拮抗による深睡眠の増加,せん妄の改善が期待できる.これら薬物は,SSRIやSNRIとは異なり総じて鎮静系の抗うつ薬で,過鎮静のリスクはあるものの,鎮静を治療に役立てることも念頭に置くべきであろう.
さらに,TCAであるノルトリプチリンや第二世代のアモキサピン,マプロチリン,ロフェプラミンも低用量であれば,高齢者においても比較的安全に用いることができる.これらは,SSRIとは対照的に主としてノルアドレナリン神経伝達を増強する薬物であり,薬理作用の違いから抗うつ薬を選択する場合の目安とすればよい.

2)双極性うつ病エピソード
双極性うつ病に対する抗うつ薬の投与法については確立されていないが,後述の非定型抗精神病薬ないしは気分安定薬に,SSRIないしはSNRIを併用するのが一般的であろう.SSRIないしはSNRIの投与量,投与期間を最小限に留めることが肝要である.抗うつ薬による躁うつ混合状態,情動の不安定化(易怒性,易刺激性など)の出現に十分注意する.

2.躁病エピソードに対する薬物療法
躁病エピソードを含めた双極性障害の治療薬の基本薬としては,炭酸リチウムがあげられるが,高齢者では神経毒性をきたしやすく,中毒のリスクも高い等の理由で第一選択薬とはならない.気分安定薬では,バルプロ酸が優先される.気分安定薬では十分な効果がみられない場合,錐体外路症状をきたさない範囲の比較的少量の非定型抗精神病薬(リスペリドン2mg以下/日,オランザピン10mg以下/日)を投与が望ましい.不眠や興奮が著しい場合,ロドピンの投与を考慮する.高齢者では,気分安定薬を用いることなく非定型抗精神病薬のみで躁状態の鎮静化が得られることも少なくない.


乾いた咳喘鳴

シンポジウムII-3

Mood Disorder in Aged People, Pharmacotherapy in China

Yaping Wang

Psychiatry and Psychology Department, Second Affiliated Hospital of Medical School, Xi'an Jiaotong University, China
 The number of elderly people has been increasing in Asian countries, including Japan and China. For China is a developing country, the large number of elderly population has become a burden both on families and society. On the other hand, an increase in chronic health problems and, most particularly, in mental health problems will accompany with aging population. Old people may face much more stresses than the young people. Without counseling and family and social support to overcome the stresses and resolve some disputes, they would be probably involve in mood disorders. The author wants to show here 3 aspects in China about the elderly population: 1. As the elderly population is booming according to the statistics. The psychiatry in China will face a challenge in the future. 2. The treatment of mood disorder in the elderly is similar to that used at younger groups except that dosages of medicines should be much lower to begin with. 1) Using of tricyclic antidepr- essants (TCAs) and monoamine oxidase inhibitor (MAOIs) is fewer. 2) The newer medications, chiefly the selective serotonin reuptake inhibitor (SSRIs), are generally preferred over the old medication. 3) Using the anticonvulsant carbamazepine and valproate. 4) Using the antipsychotic medication. 3. Principles of treatment in the elderly with mood disorders, including: drug therapy, psychotherapy, support, choice for prescription.

教育講演-1

加齢による睡眠・体内時計の変化と睡眠障害

内山 真

日本大学医学部精神医学系
加齢による睡眠と体内時計の変化
加齢により,生理学的睡眠特性が変化することがわかっている.歳をとると眠りが浅くなり,夜中にしばしば目が覚めるようになる.終夜睡眠ポリグラフ検査を用いた研究において,若年成人と比べ高齢者で,入眠潜時(就床してから寝つくまでの時間)が延長し,中途覚醒が増加し,睡眠段階1および2(浅い睡眠)が多くなり,睡眠段階3および4(深い睡眠)が少なくなることが明らかにされている.正味の睡眠時間は,若年成人と比べて1時間ほど短くなり,6時間台となる.
加齢により体内時計の発振する概日リズムも変化を受け,実時間に対して前進する.高齢者では体内時計の前進により深部体温がより早い時刻に低下し,より早い時刻から上昇するようになる.このため夜早くに眠たくなり,朝早くに目覚めてしまう.このように,高齢者では早朝覚醒の準備状態が形成されている.
加齢により,概日リズムの振幅の減少,すなわち昼夜のメリハリの低下が起こることも報告されている.メラトニンは松果体から分泌されるホルモンで夜間にだけ分泌され,体内時計による夜間の身体の休息を促す役割を持つ.高齢者では夜間のメラトニン分泌が少なくなっていることが示されている.夜間のメラトニン分泌の減少をメラトニン経口投与により補うことで,睡眠が安定化する可能性が示されている.現在わが国で開発中のメラトニン受容体作動薬の効果も期待される.

高齢者に多い睡眠障害
1)睡眠時無呼吸症候群
眠ると全身の筋緊張が低下する.睡眠時無呼吸症候群では舌が筋緊張の低下により喉の奥の方に落ち込み呼吸を止めてしまう.換気が停止すると血液中の酸素濃度が低下する.これに対する防御反応として覚醒がおこる.患者は睡眠中にこうした無呼吸と覚醒をくり返すため,夜間睡眠の質的低下が起こる.さらに,この結果として日中の眠気が出現する.中年以降の男性に多くみられるが,閉経期以降は女性の頻度も上昇する.睡眠時無呼吸症候群が高齢で始まった場合には,中途覚醒を主に訴える場合もある.確定診断には,終夜睡眠ポリグラフ検査が必要である.治療としては,経鼻的持続陽圧補助呼吸療法が適応となる.
2)周期性四肢運動障害とむずむず脚症候群
周期性四肢運動障害では,睡眠中に繰り返す,四肢の不随意運動が原因となって浅眠化や中途覚醒が引き起こされる.不眠の訴えとしては中途覚醒が主体であり,随伴症状として熟眠感欠如,日中の眠気がみられる.下肢のぴくつきを自覚していない患者も多く,終夜睡眠ポリグラフィーを行って初めてわかることになる.
むずむず脚症候群では,就床と同時に下肢にむずむずした異常な感覚が生じ,下肢をじっとしているのが困難で寝つくことができないと訴える.睡眠障害の訴えとしては,入眠障害があり,熟眠感欠如,日中の眠気を伴う場合もある.患者は往々にして,眠れないから足の置き場のないような感じがするという具合に,勝手に関係づけて積極的に訴えないこともあるので,必ず尋ねる必要がある.
周期性四肢運動障害およびむずむず脚症候群とも,睡眠薬は有効でない.背景にある異常感覚や不随意運動を治療するドパミン作動薬(プラミペキソールやロピニロールなど)やベンゾジアゼピン系薬物であるクロナゼパムを眠前に投与する.周期性四肢運動障害およびむずむず脚症候群の背景に鉄欠乏性貧血や腎機能障害が存在する場合には,これらの身体疾患の適切な治療により,症状が軽快することがある.
3)うつ病
大うつ病では,入眠障害,中途覚醒,早朝覚醒と種々の睡眠障害を伴う.これに加え,休息感・熟眠感欠如,離床困難(目が覚めているのに気落ちして床からなかなか出られない)はうつ病に比較的特徴的な症状である.若年成人に比べ,老年期のうつ病では典型的抑うつ気分や精神運動抑制が目立たず,不眠のみを訴えることがあるので注意が必要である.うつ病が疑われた場合には,抗うつ薬投与によるうつ病治療と平行して不眠の治療を行う.
4)不眠症
身体疾患を持つ患者の場合,疼痛や掻痒,夜間の頻尿(特に利尿剤服用中の患者)などにより,中途覚醒が増すことが知られている.高齢者に高頻度で投与されている身体疾患治療薬物のなかには副作用として不眠をもたらすものがあるので注意する必要がある.
大きなストレスを受けると,一過性に入眠障害を主とする不眠が起こる.しかし,この時の対処が適切でないとこれが慢性化して不眠症に発展する.寝つけないで苦しい思いを経験すると,眠りに対するこだわりが強くなる.こうなると精神的ストレスが解消されても寝つき自体が唯一の心配事となる.このような場合,床につくと今晩は気持ちよく寝つけるかどうかということが一番の不安の種になる.不眠を恐れるあまり,入眠時の不安が増強され,慢性的入眠障害に発展する.就床時刻にはこだわらず,眠くなるまで床につかないよう指導することが重要である.
8時間が標準的睡眠時間でこれより短いと睡眠不足だと思っている患者は多い.定年退職や仕事が変わったなど生活に変化があった場合,早くに床に就くようになるなどの睡眠習慣の変化により,床の上で過ごす時間が増え,かえって眠りにつくのに時間がかかるようになったり,夜中に頻回に覚醒するようになること多い.7時間以上床の中で過ごさないよう指導する必要がある.

認知症と睡眠覚醒障害
認知症では,夜中に眠らず興奮や幻覚妄想状態を示す夜間せん妄や,夕方から夜にかけて徘徊や興奮が出現する日没症候群など,1日の特定の時間帯に異常行動が出現することが多い.このため,こうした異常行動出現の背景に,体内時計の加齢による概日リズム異常が関与することが考えられている.
夜間せん妄や徘徊,日没症候群などを示す認知症患者では,健常高齢者に比べ深部体温リズムやメラトニンなどの内分泌リズムも不規則化し昼夜分泌の差が不明瞭になっていることが報告されている.これは,概日リズムのめりはりがなくなるため,日中に充分な覚醒レベルを保てず,夜間睡眠の維持が障害されると考えることができる.
夜間せん妄や日没症候群を示す認知症患者に対して,介護者が昼間付き添って戸外の散歩などをさせ,しっかり目覚めさせて過ごさせてやると,夜間の不眠や異常行動が改善するという報告がある.運動や自然光(高照度光)の体内時計のメリハリを高める作用が関連すると考えられている.こうした時間生物学的治療は,薬物療法でしばしば問題となる過鎮静や転倒,錘体外路系症状などの有害作用がなく,今後の発展が期待される.

教育講演-2


老年期神経症性障害
― 疫学から治療まで ―

笠原洋勇

東京慈恵会医科大学附属柏病院
神経症(neurosis)という用語を始めて使用したのは,イギリスのWilliam Cullen(1710〜1790)であった.この当時は,末消神経の病理に原因する疾患と考えられるものが含まれており,ノイローゼは,幅広い領域の疾患を含んでいた.
近年の神経症概念に基づいた分類は,不安神経症,恐怖症,強迫神経症,心気神経症,離人神経症,抑うつ神経症,ヒステリー(転換,解離)であった.つまり,神経症は,器質的な要因がなく,病態が性格,および環境を背景とする心理的要因によってもたらされるものとされていた.
しかし,症状記述による操作的分類を採用したDSM分類は,神経症という用語を排したが,それは病因論的分類が不確定であること,病態が互いに重複し,内因性精神疾患との区別が難しい場合もあることなどであった.DSM-?W-TRの分類では,神経症という用語は使われなくなり,不安障害,身体表現性障害,解離性障害,気分障害に分類されることとなった.
一方ICD-10では,F4コードで,神経症性障害として残されているが,従来からの神経症圏の名称や分類とは異なるものとなっている.表1に従来からの診断とICD-10の分類を示した.
不安の発症率に関する初期の研究では,高齢者では不安症状の有病率が高いことが判明していた.
Himmelfarbは,STAIを用いて検討したところ,55歳以上の成人では,男性7%,女性22%が臨床上問題となる不安症状を認めた.またこの研究での不安症状は,身体的健康問題と関連する傾向にあった.
DSM-?Vで定義されている全般性不安障害およびパニック発作の有病率は,65歳以上の成人の2.2%であり,高齢者では,若年者に比して低く,女性は,男性より幾分高かった.ECAの高齢者におけるGADの生涯にわたる有病率は,4.6%であり,GADの高齢者は,精神科外来診療を受け,ベンゾジアゼピン投与を受ける傾向が高かった.ECA研究においてPDの発症率を概算したところ,発症率は極めて低かった.現在PDと診断されている率は,45〜64歳では1.1%,それ以上では0.4%であった.生涯中に不安障害と診断されたことのある率は,45〜64歳で2%,それ以上で0.3%であった.高齢者では,若年者に比して,生涯中のPD有病率が極めて低いという結果であった.つまり診断基準に基づく調査結果は,上記の不安に関する調査と異なる結果となった.
不安の有病率は高いにもかかわらず,ADやPDの有病率はむしろ若年よりも低い.不安が日常的なものなのか,診断基準が高齢者に適切なのかどうかを検討する必要がある.
一方,身体表現性障害に含まれるものには,心気症,疼痛性障害,転換性障害,身体化障害,鑑別不能型身体表現性障害が含まれるが,われわれの調査では,鑑別不能型身体表現性障害に分類されるものが多い結果であった.患者は安堵することなく身体的訴えを繰り返すため,医師側からは取り扱い困難な患者とされやすい.医師の方針としては,患者の話に関心を持ち,次回の面接を予約し,話題を拡大する工夫が必要である.また医療機関を転々としやすいので,主たる治療者のもとに情報が集まるようにし,必要以上の検査を避ける必要がある.
不安に関する生物学的要因に関する研究では,数十年にわたり,中枢神経系活性化の増強と,覚醒および不安の認識の増大とが,関連していることが証明されており,特に青斑核が関与している.更に,PD患者では,乳酸注入によりパニック発作が誘発されることが証明されている.
高齢者では,社会的および心理学的因子が,不安を誘発する重大な原因であることは周知のことである.また高齢者は,自分の安全に関して極めて現実的な憂慮を抱きやすく,不安は毎日の出来事と直結することになる.
高齢者における全般性不安に関する心理学的説明の一つに,喪失不安がある.不安は,内因性のものから発生するものではなく,外的対象の喪失に対する反応である.換言すると,老年期の喪失不安は,環境変化によって促進あるいは悪化する.高齢者は,喪失ということに対して極めて感受性がつよくなる.
高齢者に薬物を処方する場合は,処方しようとする薬物の動態および薬力学に影響を与える加齢による身体的変化を考慮する必要がある.高齢者では,消化管の変化は薬物の吸収に影響し,体脂肪の増加は薬物の分布に影響する.そして,ベンゾジアゼピンの薬物の半減期が延長する可能性がある.高齢者では,若年者と同様にベンゾジアゼピン系薬物に対する依存性が発現する可能性があるので,投与期間を可能な限り短くする必要性があるが,臨床的に厄介な問題となるのは依存性ではなく,副作用である.
高齢者の神経症性障害の精神療法について,系統的検討はされていないが,一般的精神療法の手法としては,本人が安心感を得るために,本人が十分に支持されていることを自覚する必要があり,支持的精神療法は,いずれの精神療法を行うにしても診療の基本的姿勢として重要である.心理的手段としては,?@言語?A行動?B非言語的な特殊手段などを媒介とする.そのうち,よく用いられる支持的精神療法は励まし,説得,慰め,安心づけなどは,本来対象者が有する対処メカニズムを支援して安定を図る方法であるといえる.
高齢者の精神療法は,検討されるべき部分が多いが重要な治療法であり,その可能性について明らかにされる必要がある.
表1 神経症の分類  
 従来の神経症の分類  ICD-10
 不安神経症  恐怖症性不安障害(F40)
 他の不安障害(F41)
 恐怖症
 強迫神経症  強迫性障害(F42)
 (外傷神経症 災害神経症 戦争神経症)
 (心因反応)
 重度ストレス反応および適応障害(F43)
 心気神経症  心気障害(F45.2)
 転換ヒステリー  解離性(転換性)障害(F44)
 解離ヒステリー
 離人神経症  離人・現実感喪失症候群(F48.1)
 抑うつ神経症  気分変調症(F34.
1)

教育講演-3

アルツハイマー病研究;Update

柳澤勝彦

国立長寿医療センター研究所
100年経って
Alois Alzheimer博士が,後に彼の名が冠されたアルツハイマー病の最初の臨床病理報告を行って,100年が経過した.アルツハイマー病は今や,高齢者人口の増加と相まって,我国をはじめとした先進諸国では医学を超えた大きな社会問題となっており,真に有効な治療薬や予防薬の開発が切望されている.アルツハイマー病の病態生理に関しては,1980年代から急速に展開した生化学的,分子生物学的研究がもたらした多くの知見により,我々の理解は確実に深まっている.とりわけ,家族性アルツハイマー病の原因遺伝子の発見とその生物学的意義をめぐる研究は,神経科学の新しい領域を創出したといっても過言ではない.しかしながら,罹患者の大部分を占め,誰もその発症の可能性から逃れられない弧発性アルツハイマー病の発症機構に関し ては,「老化が最強の危険因子である」という自明ながら本質的な事実を除けば,実証にまで至った仮説も理論も未だ存在していない.

アミロイドカスケード仮説のその後
アルツハイマー病の神経病理学的所見は,老人斑,神経原線維変化の形成と高度な神経細胞脱落である.これらのうち,老人斑の形成,換言すれば,その構成成分であるアミロイドß蛋白(Aß)の脳内沈着は,罹患脳で捉えられる最も早期の病理学的変化である.一方,分子生物学的研究の重要な成果として,Aßの前駆体蛋白(APP)の遺伝子変異を伴う家族性アルツハイマー病が発見され,家族性アルツハイマー病の遺伝子変異の多くがAßの産生異常を誘導することが明らかにされた.さらに,重合したAßには神経細胞を直接的に傷害する毒性能がそなわることも明らかとなった.これらの事実が根拠となって,「Aßの産生,重合ならびにそれによる神経細胞傷害がアルツハイマー病成立過程の主軸をなす」という考え方(アミロイドカ� �ケード仮説)が提示され,これまでのアルツハイマー病の基礎研究や創薬研究の基盤となっている.しかしながら,認知障害を示さない高齢者脳にも顕著な老人斑の形成を認めることが少なからずあり,またアルツハイマー病のモデル動物であるトランスジェニックマウス脳においては,広範なアミロイド沈着を示しながら神経細胞の変性や脱落が必ずしも明らかでないことなどから,アミロイドカスケード仮説には疑問の目も向けられている.そうしたなかで,最近のAßオリゴマーの登場は,Aß重合体の解釈を病理学的に可視化できるアミロイド線維(老人斑)から,可視化できないAßオリゴマーにまで拡大することで,これまでのアミロイドカスケード仮説への批判に,とりあえずの回答を与えたといえる.ただAßオリゴマーにも課題 があり,アルツハイマー病脳でその存在を確実に捕捉し,罹患脳でその形成が促進される必然性を明らかにすること,さらには,その神経細胞傷害機構を分子レベル,細胞レベルで明らかにすることが今後必要と考えられる.
アミロイドカスケード仮説がアルツハイマー病発症過程の主軸であるならば,これまで見い出された発症危険因子の全ては,このカスケードのいずれかの段階に作用し,その進行を加速すると考えられる.例えば,コレステロール輸送蛋白であるアポリポ蛋白Eのアイソフォームの一つであるE4を発現することは,老化に次いで強力なアルツハイマー病の発症危険因子であるが,アミロイドカスケードとの接点はどのようなものであろうか.仮に,臨床疫学的にも示唆されているコレステロール代謝障害がアルツハイマー病発症の背景にあるとすれば,E4は神経細胞膜のコレステロール回転を変調させ,神経細胞膜上でのAßの産生や重合に影響を与えているのかも知れない.アミロイドカスケード仮説の実証には,さらに時間がかかりそう� �あるが,それに挑戦することでアルツハイマー病の全貌が次第に明らかにされるものと期待される.

分子イメージングという新手法の登場
最近,脳内に形成された老人斑をPETで画像化する技術が開発された.老人斑を構成するアミロイド線維のßシート構造を選択的に認識するトレーサーを用いた技術で,大脳白室や脳幹部など脂質の豊富な部位への非特異的集積の問題は残るものの,大脳皮質を関心領域として観察する限り,十分に臨床応用可能なレベルまで精度が向上している.老人斑の画像化は,老人斑のそもそもの病的意義を読み解く上で有用であるばかりでなく,今後開発されるであろうワクチンをはじめとした抗アミロイド療法の有効性を客観的に評価する指標としても重要な手法といえる.また,脳内の炎症細胞であるミクログリアの活性化をベンゾジアゼピン受容体の発現を指標に画像化する研究も盛んである.アルツハイマー病成立過程には炎症反応が重� �な役割を果たしていることは以前から知られており,その可視的追跡技術の開発は,アミロイドイメージングとともに,アルツハイマー病の病態研究や治療薬開発研究に大きく貢献するものと期待される.

治療薬開発の現状
アルツハイマー病の発症病態には依然不明の点が多く残されているが,アミロイドカスケードの進行阻止を狙った様々な薬剤開発が精力的に進められている.APPからのAß産生に関わるプロテアーゼ(セクレターゼ)に対する阻害剤や,Aßと結合することでその重合を抑止する薬剤など既に臨床試験の段階にある候補分子が複数ある.また脳内に沈着したアミロイド線維の除去を狙った免疫療法も話題を集めている.当初実施された能動免疫によるワクチン開発は重篤な脳炎の発生のため,臨床試験の全ては中止に追い込まれたが,受動免疫の手法による臨床試験は第2相から第3相に移行しつつある.アルツハイマー病治療は様々な身体的障害を潜在的にもっている可能性のある高齢者を対象とするものであり,また薬剤投与も長期間に� ��ると想像される.一刻も早い創薬を目指しつつも,副作用出現の可能性には多角的な検討を加え,安全性の評価には慎重の上にも慎重でありたい.

教育講演-4

老年期にみられる変性疾患の神経心理症状
― アルツハイマー型認知症の簡便な検査法 ―

鹿島晴雄

慶應義塾大学医学部精神神経科学教室
老年期にみられる変性疾患の神経心理という演題をいただいた.アルツハイマー型認知症,前頭側頭型認知症,レビー小体型認知症,いくつかの非アルツハイマー型認知症の神経心理症状ということになるが,レビー小体型認知症における幻視や症状の変動性などはあるものの,ほとんどは広義のものも含め巣症状ないしその組み合わせである.従来の定義に従えば,認知症は知的機能の広範な障害ということになるが,上記の諸疾患における脳損傷部位はそれぞれ一定のパターンがあり,神経心理学的症状もそれに対応して一定のパターンを示す.認知症は共通する症候群として考えるよりも,それぞれの疾患による症状の組み合わせ(類型)として捉えるべき所以である.
認知症の検査法にはさまざまなものがあるが,それらの多くは各課題の成績を加算して評価する"定量的"検査である.認知症が類型であり,異なる高次脳機能の障害の組み合わせであれば,各課題の成績の単純な加算は疑問が残る.類型としての認知症の評価は臨床的観察,記述という"定性的"評価が勝るといえよう.しかし"定性的"評価はしばしば主観的といわれ,経験により左右される.決められた課題からなる"定量的"検査を用い結果を"定性的"に評価するという,いわば両者の"中庸的"検査法が実際には有用と考える.本講演では,認知症を類型として捉える立場から,演者がアルツハイマー型認知症の診断,特に初診時に外来で行っている,簡便な"中庸的"神経心理学的検査法を紹介する.

アルツハイマ� �型認知症の簡便な検査法
アルツハイマー型認知症では脳の全ての領域が等しく萎縮するわけではない.萎縮は海馬を中心とした領域,(側頭)頭頂領域,前頭領域に著しい.演者はこれらの脳領域に関係する機能,すなわち記憶,視空間操作,行為や概念の転換といった機能に関する課題,および脳損傷で非特異的に生じる全般性注意の課題からなる簡便な神経心理学的検査を作成,使用している.以下,施行順に述べる.

(1)全般性注意の課題:数唱
注意は脳機能の基盤となるものであり,注意の障害は殆ど全ての脳機能に影響する.高次脳機能の評価に際し注意の評価は不可欠である.課題は通常の数字の順唱と逆唱を用いている.注意検査の成績が著しく低下していれば,以後の課題は実施せず,問診やご家族の情報から評価する.順唱に比べ逆唱の成績が著しく悪い場合は(側頭)頭頂領域の機能障害が疑われる.

(2)記憶の課題:聴覚言語性の学習・七語記銘検査
"船","山","犬","川","森","夜","自転車"の7語の記銘検査である.「今から七つのことばを言いますから,よく聞いて憶えてくだきい.言い終わったら,憶えているものを言ってください.言う順序は構いません」という課題である.5回繰り返し,言った順序も記録する.他の課題の施行後に遅延想起を行う.この課題では記銘量と記銘のための方略が評価しうる.初めの"船"と最後の"自転車"は最も憶えやすく,しかも"自転車"は他の六語より長く印象深くなっている.この2語が記銘しえなければ,記憶障害以外のもの,例えば覚醒水準低下や,転導性亢進等を考慮する.二回目,三回目で答える語の順序をみると,被検者の憶え方の方略もある程度,推測しうる.中等症のアルツハイマー型認知症では� ��回目でも4〜5語になる.他の課題施行後に語の想起を求めると(遅延想起),成績低下はより顕著となる.軽度のアルツハイマー型認知症でもしばしば3〜4語になる.


(3)視空間操作の課題:手指構成・逆キツネ
(側頭)頭頂領域の障害では,自分がどこにいるのかわからない,道に迷う等の症状がみられる.自分の身体を空間内で正しい位置関係で動かすことが下手になり,例えば洗濯物がうまくたためなくなる.アルツハイマー型認知症では,(側頭)頭頂領域に関連した視空間操作の障害が早期から出現する.演者は視空間操作の検査法として手指構成を用いている.両手で影絵のキツネの形を作り,片手を半分ひねって両手のキツネをくっつけるもので,"逆キツネ"と称している.模倣で行う.この課題が容易に施行しうる場合は,記憶障害を認めても定型的アルツハイマー型認知症でないことが多い.透視立方体の模写が視空間操作の評価によく用いられるが,描くのを嫌う場合もあり,手指構成がより施行しやすい."逆キツネ"は� ��両手で影絵のキツネを作り,片方を半分ひねって合わせてください」と言語指示のみで施行することもでき,模倣でできず言語指示でできた場合は,視空間操作の障害があることの有力な証拠となる.また前述した注意の課題で,逆唱はしばしば「頭」に数字を書きそれを逆に読む形を取ることがあり,視空間操作と関連が深い場合がある.順唱に比べ逆唱が著しく悪い場合は,視空間操作の障害,つまり(側頭)頭頂領域の障害の存在が窺われ,アルツハイマー型認知症を疑う所見となる.

(4)行為や概念の転換の課題:グーパーテスト
前頭領域の障害では行為や概念の転換が障害される.例えば"今考えていることから別の考えに切り換えることが下手になり",また"一旦考えると同じことを考えつづける"などの症状がみられる.高次の保続である.この障害をみる課題として"グーパーテスト"がある.先ず左手で"グー",右手で"パー"を作り,次いで左手を"パー",右手を"グー"に変え,以後,左右の手で"グー"と"パー"の転換を続けていく.前頭領域の障害では転換が不良でしばしば両手とも"グー"や"パー"になる.また概念などの高次の機能水準での転換をみる課題も用いている.大中小と大きさが異なり,赤青緑と違った色で塗られた,丸と三角と四角の紙を用意し,"これらを分けてください"と求める.色で分けることが多い.次い� ��"別の分け方でも分けてくだきい"と言う.丸と三角と四角という形で分けることもできるし,また大中小の大ききで分けることもできる."色"という分類概念から,"形"や"大きさ"という分類概念へのスムーズな切り替え,転換が評価しうる.
加齢によるもの忘れでは,記憶の課題の成績は悪くても,視空間操作の課題では目立った異常は見つからない.しかしアルツハイマー型認知症では,軽度の場合でも,両者の課題の成績は低下する.本検査の施行時間は5〜10分である.



These are our most popular posts:

島根産業保健推進連絡事務所 図書・ビデオ・機器貸出*ビデオ*

そのためには、健康診断を受けっぱなしにするのではなく、そのデータを活かして生活 習慣を改善するなど、じょうずに利用する .... 肥満のことについてよく知ろう, 15分, アスパクリエイト, 最近、こどもの生活習慣病や、睡眠時無呼吸症候群といった、肥満が 引き起こすさまざまな問題がクローズアップされています。 .... 1 生活習慣病の多発傾向 の背景 2 生活習慣病の自己チェックと予防のポイント(がん、心臓病、脳血管疾患、うつ 病) 3 健康生活 ..... 人はなぜ眠るのか?2. .... 24144, デュアルケアによる禁煙法( DVD), 17分 ... read more

Department of Epileptology, Tohoku University

2004年5月31日 ... うつ病集団認知療法受診レポートはこちら ・うつ症状や不定愁訴の、自己診断 フローチャートはこちら 前の月 ..... 話題になった「睡眠時無呼吸症候群」も、不眠の 自覚症状がないことが多いそうです。 ..... 以前、WindowsMeとRedHatLinuxを デュアルブートしてやってたことがありました(謎)Fedoraは分かりやすいとききます。 read more

(元)うつ病患者の独り言 for はてな

老年期うつの診断、治療. Diagnosis and Management of Depression. Essentials of Clinical Geriatrics 6th Ed. P175-211. Aging and Depression. 高齢者の大うつ病の 頻度は、市中で6.5-9.0%、Nursing Homeで16-50%と報告される。Bipolarも稀では ... read more

/中里信和オンライン/きょうの「てんかん」

けいれんが止まって機械で呼吸する一見して穏やかな状態ですが,脳の中では神経の 興奮状態が止まるはずもなく,数日後には脳全体が萎縮してやせ細った頭部CTになっ てしまったのです ... てんかんの診断と治療には小さい発作が決め手になりますが, 小さい発作の診断も簡単ではありません. ... 左の脳が眠ると右半身が麻痺しますし,右 の脳が眠ると左半身が麻痺します. ..... てんかんの患者さんの一部は,うつ病など, いくつかの精神的症状で悩んでいて,どうしても精神科の先生の助けが必要になる場合 があります ... read more

0 件のコメント:

コメントを投稿